はじめに:人生の軌跡とM&A
後継者不足、事業承継問題、グローバル競争の激化――こうした現代の中小企業を取り巻く環境変化は、経営者にとって深刻な頭痛の種です。今や多くの中小企業が、「この会社を誰に、どう引き継ぐか?」という事業承継の大問題に直面しています。廃業を避け、事業存続や成長を可能にする一つの有力な手段として、M&A(企業の合併・買収)が注目を集めているのはご存知のとおりです。
私がM&A仲介業界に強い関心を抱いた背景には、子供の頃からの株式市場への興味、大学時代のデイトレード経験、米国留学やITベンチャーでのM&A体験、父親の会社がIPO(新規株式公開)を達成するまでのプロセスの観察、さらに大手製造業でのPMI(Post Merger Integration)参加、上場企業グループでの代表取締役任期含めた複数企業への投資・経営参画を通じて得た成功・失敗両面の経験が凝縮されています。
これらすべてが融合し、最終的に「M&A仲介」業という領域に独特の社会的意義とビジネス上の魅力を感じるに至りました。本稿では、私がどのような経緯でM&A仲介へ傾倒するようになったのか、その思考プロセスを丁寧に紐解きます。M&Aや事業承継に興味を持つ方や、就職・転職を考える方々にとって、このストーリーが何らかの参考になれば幸いです。
幼少期からの金融リテラシー醸成:株式市場への興味
私の原体験は、投資家だった祖父の影響で、子供の頃から新聞の株価欄に没頭したことに始まります。多くの子供が漫画やゲームに夢中になる一方、私は経済新聞を手に、株価が上下する理由を考え続けていました。「なぜ価格は動くのか? そこに規則性はあるのか?」――こうした素朴な疑問は、後に「企業価値とは何か」「市場は企業に何を期待するのか」というより本質的な問いへと繋がっていきます。
このような数字や価格への強い関心は、私がASD(自閉スペクトラム症)的特性を持ち、数字や論理構造に惹かれやすい性質も影響しているかもしれません。当時は何もわからずとも、将来M&Aや企業分析に関わるうえで基本となる「価格形成メカニズムへの探求心」が、この頃から醸成されていました。
大学生デイトレーダーとアメリカへの留学
大学生になると、オンライン証券を通じてデイトレードに挑戦。短期売買を繰り返す中で、一定の利益を得られたため、その資金を活用してアメリカへ留学しました。昼は学生、夜は日本市場に合わせてトレード――この「二重生活」を通じ、グローバルな金融市場の多層的な動きを実感します。
日本とアメリカで投資家に対しての世間的な地位、情報伝達速度、マーケットの成熟度は異なります。価格は、単なる数字以上の意味を持ち、企業価値や市場の期待が織り込まれた「情報の集積点」であることをより実感しました。
さらに、より大きなスケールで企業価値を動かせるM&Aへの関心が芽生えます。株式投資は「既存の選択肢から選ぶ」行為ですが、M&Aは「企業そのものを変え、価値を再創造する」戦略的行為です。価格を受動的に追うのではなく、価格形成に主体的に関わりたい――そんな欲求が私の中で成長しました。
ITベンチャーでの就職とM&Aインパクト
帰国後、学生の身分でIT系ベンチャー企業に就職すると、その企業は急激な成長、そして事業失敗後の増資を経てM&Aで株主・経営者が交代。M&Aによってオーナーシップが根底から変わり、経営方針、従業員の処遇、取引先との関係などが大きく影響を受けました。ここで、M&Aが単なる投資行為以上に「組織と人の運命を左右するツール」であることを体感します。
中小企業においてM&Aは、後継者不在や事業継続困難な状況を打破する切り札にもなり得ます。M&Aの成功は、株主利益だけでなく、顧客・従業員・取引先・地域社会といった多くのステークホルダーに恩恵をもたらす可能性があるのです。
父親の会社のIPO成功と「成功 vs. 失敗」の鮮烈な対比
父親が経営する会社がIPOに成功した経験から、「成功と失敗のコントラスト」を鮮烈に味わいました。IPOはM&Aと並び、企業価値を顕在化させる代表的手段です。成功すれば資金調達や信用力強化、さらなるM&A機会創出など恩恵は計り知れず、失敗すれば投資家・従業員・取引先の信頼を失いかねない。
M&Aも同様で、成功すれば企業価値を飛躍的に向上させ、人材・技術・ブランド・顧客基盤の「掛け算的成長」を実現できます。失敗すれば、不透明な経営、社員の離反、顧客の不安、取引先の信用不安といったマイナス面が一気に噴出します。失敗すれば混乱や軋轢を招きます。この「成功と失敗のコントラスト」は、私がM&Aに対してより深い理解と敬意を抱くきっかけとなりました。
大手製造業でのPMI体験:買って終わりではないM&A
ITベンチャー勤務後、M&A後のPMI(Post Merger Integration)が進行中の大手製造業へヘッドハンティングで転職し、異なる企業文化やシステムの統合に苦労する現場を見ました。M&Aは契約締結で終了するのではなく、PMIを通じて真価が試されます。
PMIとは、買収後に新しい組織体制を構築し、人事制度やブランド戦略、システム・プロセスの統合、顧客や取引先への対応を最適化するプロセスです。これに失敗すればシナジーは得られず、むしろ価値毀損が起きる場合もあります。
M&A仲介者やFA(フィナンシャルアドバイザー)には、成立前からPMIを念頭に置き、取引後も企業価値が持続的に増大するような戦略的設計が求められます。PMIへの深い理解は、M&A仲介業を行う上で顧客満足度や市場信頼性を高める大きなポイントとなるのです。
経営承継での苦労と真の難しさ
上場企業子会社の代表取締役を務めた際に、諸事情があり前任者からの引継ぎ不備、経理・コーポレートスタッフの離任、法務・会計面の不透明性、不採算事業の整理、リストラなど、多くの難題に直面しました。この体験は、事業承継の難しさを肌で理解する貴重な糧となりました。
M&A仲介では、売り手企業側に対し、デューデリジェンスで明確にすべき情報、表明保証(R&W)で担保すべき事項、事前に整理すべき契約・労務・財務関係などを指導できます。こうして「経営承継の現場を知る」ことは、仲介者として提供できる価値を格段に高めてくれたと考えています。
投資家・経営者としての13社関与と6社エクジット経験
私は13社で取締役や株主として関与し、そのうち6社はエクジットを経験しました。成功と失敗が交錯する中で、何が価値創造を促進し、何がそれを阻害するか、投資家としての視点と経営者としての視点の両面から学び取りました。
私が今まで得た資金の過半は投資から生まれたものであり、投資家としての視点からも、M&Aが「既存の株式取引」よりもはるかに直接的に企業価値創造に関与できる分野であると実感しています。IPOが叶わなかった悔しさもありますが、それでも事業承継と価値創造に貢献できる場がM&A仲介業にはあるのです。
社会的意義と慈善性:中小企業M&A
日本経済の柱である中小企業が、後継者不在を理由に優良な技術・サービスを残せぬまま廃業するケースは後を絶ちません。こうした現実は雇用喪失、地域経済の停滞、技術伝承の断絶を招きます。
M&A仲介は、この流れを食い止める潜在力があります。適切な買い手や後継者を見つけ、「磨けば光る」企業を蘇らせることで、地域産業の活性化や顧客満足度向上、雇用維持に貢献します。こうした社会的意義は、M&A仲介が単なる仲介ビジネス以上の価値を持つことを示しています。
私が設立を目指す会社の理念は「価値ある会社の承継を通じて日本の発展に寄与する」というものです。なぜ「価値ある会社」なのか?日本にはリビングデッド(生ける屍)のごとく、債務超過や粉飾、あるいは革新が欠如し、低迷を続ける企業が存在します。後継者不在で苦しむ中小企業も、その本来の強みが正しく評価され、適切な後継者や買い手と結びつけば、新たな成長曲線を描ける可能性を秘めているのです。
M&A仲介業を通じて、本来なら埋もれたまま消えてしまうかもしれない企業を救い出し、適切な承継先へ橋渡しする。こうした活動は単なるビジネスに留まらず、社会的意義や慈善的な側面も帯びてきます。なぜなら、企業の存続は雇用維持、地域経済活性化、顧客・取引先の満足度向上など、多方面にプラスの影響を与えるからです。
知識・スキル・IT技術の統合で生まれる新サービス
M&A仲介には、金融知識、法務・税務知識、戦略コンサルティング力、コミュニケーション能力、多言語対応力、ITリテラシーなど、幅広いスキルセットが必要です。デジタルトランスフォーメーション(DX)が進むなか、AIやデータ解析を用いることで、マッチング効率やバリュエーション精度を高め、情報非対称性を緩和できます。
テクノロジー活用により、中小企業でも自社の魅力を適正に伝え、相応しい買い手にアプローチできるチャンスが増えるでしょう。私がITベンチャーで培った経験は、この「M&A仲介×IT」の次世代モデル構築に大いに役立ちます。こうした「世の中に本当に役立つサービスを作りたい」という情熱は、私がM&A仲介業に興味を持つ最大の動機の一つとなっています。
コンプライアンス・ガバナンスと市場信頼性
M&A仲介が社会的インフラとして機能するには、コンプライアンスやガバナンス強化が不可欠です。インサイダー情報の流出防止、反社会的勢力排除、法令遵守、個人情報保護など、倫理・法務面での徹底が求められます。
公正で透明性の高いプロセス運営は、顧客に安心感を与え、業界全体の信頼性を高めます。私が起業を考えるなら、こうしたコンプライアンス姿勢を組織文化として根付かせ、長期的なブランド価値を築くことを重視します。
「変人」と言われてもいい:自己実現と社会貢献
私は趣味がなく、旅行やグルメ、ファッション、車などの物質的欲求にはほとんど関心がありません。それを「変人」と呼ぶ人もいるでしょう。しかし、私にとって知的挑戦(M&A分析、企業価値評価、戦略構築、事業承継支援)と社会貢献が融合した状態こそ、最も充実感が得られる生き方です。
日々新たな案件やビジネスモデルを分析し、新しい成長戦略や価値創造の方程式を考える。そうした知的刺激に満ちた環境で働き続け、その中で誰かを救い、社会を良くする一助となる――この生き方は、私にとって最上の理想です。
理想と理念に満ちたM&A
ここまで述べてきたように、私がM&A仲介業の起業に興味を持った背景は、単純な金銭的動機ではありません。株式投資やIPO、M&A、PMI、IT活用、複数企業への投資・経営参画経験といった、多層的なキャリアを通じて、「企業と人と地域を繋ぐ価値ある仕組みを提供したい」という結論に至りました。
M&A仲介は、後継者不足や事業承継問題が深刻化する日本にとって、非常に重要な役割を担います。社会的課題解決とビジネスチャンスが両立するこの領域は、私がこれまでに学んだ全てを統合し、発揮できるフィールドです。
読者の方々、特にM&Aや事業承継に興味を持つ方、就職・転職を検討する方にとって、この話が一つの参考になれば幸いです。「なぜM&A仲介なのか?」その答えは、M&A仲介が単なる取引サポートに留まらず、中小企業の未来、地域の産業活性化、さらには経済全体の持続的発展に寄与するからです。そして、その過程で私自身も、知的刺激と自己実現を追求し続けることができる――そんな確信があるから、私はこの道を選びます。
プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲