「ZOZOによるLYSTの買収──海外EC戦略と高額M&Aに見る企業価値の捉え方」

ZOZOの英LYST買収に見る、M&A戦略と企業価値評価の本質

 2025年4月、ファッションEC業界において注目すべきクロスボーダーM&Aが発表されました。株式会社ZOZO(東証プライム:3092)は、イギリス・ロンドンを拠点とするファッションECプラットフォーム「LYST(リスト)」の全株式を取得し、完全子会社化する方針を明らかにしました。取得価額は243億円、取得予定日は2025年4月30日とされています。この取引は、単なる海外進出の足掛かりに留まらず、グローバルEC市場におけるポジショニング再構築と、テクノロジーを介したブランド戦略の転換点として極めて重要な意味を持つM&Aといえるでしょう。


1. 取引概要とLYSTのプロフィール

 まず、取引の大枠を整理しましょう。

  • 対象企業:LYST Ltd(本社:ロンドン)
  • 事業内容:ファッションECプラットフォームの運営
  • 取扱ブランド数:27,000超
  • 年間購入者数:220万人
  • 売上高:93億8,000万円(2024年3月期)
  • 営業利益:7,500万円
  • 純資産:7億5,000万円
  • 株式取得価額:243億円
  • 取得日:2025年4月30日(予定)

 売上高の2.6倍という評価額、購入者1人あたり約1.1万円という株式譲渡価格は、一見して割高に見えるかもしれません。しかし、M&Aにおいて重要なのは現在価値よりも将来価値であり、この取引はその典型的なケースといえます。


2. 高額評価の背景にある「戦略的価値」

 LYSTが持つ2つの資産──「流通力」と「データ資産」は、ZOZOのグローバル展開における最重要資源と位置付けられます。

欧米市場への橋頭堡

 ZOZOはこれまで日本国内を中心に事業展開をしてきましたが、今後の成長余地を考えた際、内需には限界があります。一方、LYSTは欧米を中心にユーザー基盤を持ち、27,000以上のブランドとの接点、9,700万SKUという膨大な商品データを有しています。これを活用することで、ZOZOは一挙に海外市場への足場を築くことができます。

データドリブン戦略との親和性

 LYSTはAIを活用したレコメンドエンジンに強みを持つプラットフォームです。ZOZOが以前より取り組んでいDX資産との連携は、ユーザー体験(UX)の高度化を加速させるでしょう。M&Aを通じたテクノロジーの相乗効果こそが、この高額なプレミアムの理由の一つと考えられます。


3. 企業価値評価の論点──売上倍率だけでは語れない

 243億円という価格に対して、LYSTの営業利益は7,500万円と極めて少額です。PERやEBITDA倍率で見れば、伝統的な評価手法では説明が難しい水準です。

 しかし、ここで重要になるのが「戦略的買収」という概念です。

マーケットアクセス・ブランド効果

 LYSTの抱える220万人の年間購入者は、単なるユーザー数ではありません。彼らはデジタル・ラグジュアリー志向のある消費者であり、ブランドロイヤルティが高い層です。これを自社顧客として取り込めるという点で、顧客獲得コスト(CAC)を考慮した企業価値評価がなされていると考えられます。

将来キャッシュフローへの期待

 現時点での利益ではなく、今後のスケールアップを前提としたDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法に基づく評価が採用された可能性が高いです。特にAIやECテクノロジー領域においては、将来キャッシュフローの潜在性が高く評価される傾向にあります。


4. M&Aアドバイザリー報酬の妥当性と契約実務

 今回、M&Aアドバイザーには約12億円の報酬が支払われるとされており、これは譲渡価格の約5%に相当します。

 この水準は、国内M&A市場においてはやや高めの設定ですが、クロスボーダーM&Aでは一般的な水準とも言えます。以下のような実務的背景が想定されます。

デューデリジェンスの複雑性

 英国企業の買収においては、財務・法務・税務の各種DDに加え、GDPR等のデータ保護法制への対応、英国の会社法、競争法規制(CMA)などもクリアする必要があります。これに対応する専門チームの投入が不可欠となるため、報酬も高額化します。

契約書の構造

 SPA(株式譲渡契約書)においては、W&I(表明保証)保険の導入、価格調整条項(Closing Accounts方式 or Locked Box方式)、アーンアウト条項の有無、通貨調整リスク等、複数の論点が想定されます。こうした交渉に対応できるハイレベルなアドバイザーが求められるため、フィーの水準もその反映といえるでしょう。


5. 買収後の統合(PMI)と成功の鍵

 クロスボーダーM&Aでは、買収後の統合(Post Merger Integration)が成否を分ける最大のポイントとなります。文化的差異、マネジメント体制の統一、KPIの整合性、ブランドの統合──そのすべてがPMIの中で整理される必要があります。ZOZOは、これまで「らしさ」に重きを置いたカルチャー形成をしてきた企業です。LYSTの英国流の経営手法や自由な開発文化をどのように取り込み、共生していくのかは、今後の注目ポイントです。

 プライマリーアドバイザリー株式会社

代表取締役 内野 哲

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野哲
独立系のM&Aアドバイザリー事業、M&A仲介事業として企業・地域・社会がともに発展するための最善策を提案するNo.1 アドバイザリーグループを構築します。経済産業省中小企業庁M&A支援機関登録制度。ご相談はいつでも無料です。情報交換だけでも構いませんので、どうぞお気軽にご連絡ください。

コメント

コメントする

目次