1.事業承継問題の深刻化
近年、日本経済の重要課題のひとつに「事業承継問題」があります。特に中小企業においては、経営者の高齢化と後継者不足が顕著になり、多くの企業が事業継続の岐路に立たされています。経済産業省中小企業庁によれば、後継者不在の企業は年々増加傾向にあり、2025年には約127万社が事業承継問題に直面すると予測されています。

本記事では、事業承継の現状とその背景、特に後継者不在の問題に焦点を当て、第三者承継(M&A)が有力な解決手段となる理由を解説いたします。
2.後継者不在の本質的な課題
事業承継において、真っ先に挙げられるのが「後継者の不在」です。創業者や経営者は、長年にわたり事業を拡大させるため人材を採用し、設備投資を進め、銀行や信用組合などから多額の借入を行います。経営規模が拡大すると同時に、自己資本比率を維持するため、純資産の積み上げも必要になります。その結果、企業は純資産数億円規模となることも珍しくありません。
一見すると、事業が順調であるように見えますが、この純資産と借入金を引き継げる適任者がいないケースが増加しています。創業家の後継者候補となる子供たちが、高等教育を経て地方を離れ、都会の大手企業に就職するケースが多いためです。子供たちは、安定した給与、都会での生活基盤を築き、家族を持つなどの状況下にあるため、地方へ戻って借入金の連帯保証を背負い、家業を引き継ぐという選択には非常に慎重にならざるを得ません。
3.社内承継が難しい財務的理由
次に検討されるのは、社内の役員や社員への承継ですが、ここでも財務的な壁が立ちはだかります。会社の純資産が数億円規模になると、会社の価値評価(株価)も必然的に高額になり、創業者からの株式譲渡による承継は多額の資金負担が発生します。また、会社運営上の銀行からの借入金とは別に、株式譲渡により新たな個人負債が発生するため、社員個人が負担を抱えるのは現実的ではありません。
・株式評価が高額で取得資金の捻出が困難
・経営力・リーダーシップ不足の懸念
・MBOに必要なファンド調達・金融支援も限定的
さらに多くの中小企業では、営業活動や主要顧客との関係が創業者個人に集中していることが多く、創業者が退任した後の事業継続に対する不安が社員の間で広がる可能性もあります。そのため、創業者が退任すると同時に社員も辞めてしまうという連鎖反応が起きるリスクが高くなります。
4.廃業の現実と社会的損失
このような状況下で、多くの経営者は事業の縮小や廃業を検討することになります。しかし、事業を縮小し、社員を取引先などに引き取ってもらいながら廃業するという選択は、地域経済や雇用の維持という観点からも重大な社会的損失となります。経済産業省の調査によれば、後継者不足を理由とした廃業により、年間で約650万人の雇用が失われる可能性があると推計されています。
また地方においては、「第三者に譲る」ことが「お家断絶」と同義に受け取られる文化的風潮が未だ根強く、M&Aを積極的に検討しにくい環境があります。この文化的障壁も事業承継問題が進展しない大きな要因のひとつです。

5.第三者承継(M&A)の台頭とその合理性
そこで注目されているのが第三者承継(M&A)という選択肢です。M&Aは財務的・経済的観点から理にかなった解決策です。純資産額や有利子負債が数億円規模の企業を個人が引き継ぐことは困難ですが、中規模以上の企業や資本力のある企業であれば、これらの負債を吸収し、さらにはシナジー効果を発揮することも可能です。
例えば、買収企業が持つ販売網や技術力を統合することで、市場拡大や新規事業開発につながる可能性があり、買収する側・される側双方にとって経済的メリットが期待できます。経済産業省は、事業承継を目的とするM&Aを推進するため、以下のような制度を整備しています.
事業承継税制の活用
・自社株式等の贈与税、相続税の納税猶予
・免除制度(特例措置)適用には「認定経営革新等支援機関」の関与が必要

M&A支援機関への補助制度
・FAや仲介業者に対する費用補助
・後継者探しを円滑にするインフラ整備
6.最後に:M&Aを事業承継の標準に
日本の中小企業が抱える後継者問題は、もはや個別企業だけの課題ではなく社会全体で取り組むべき課題です。M&Aを通じて企業の価値を次世代に引き継ぎ、雇用と経済を守ることが今後ますます重要となるでしょう。
経営者の皆さまにおいては、早期にM&Aを選択肢に含めた事業承継プランを策定し、専門家とともに明確で安全な承継を進めていくことを推奨いたします。
プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲
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